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「ありのまま」に200万円の価値はあるか?地方創生における「ウェルビーイング」の欺瞞と、外部人材が負うべき“稼ぐ”義務

先日参加した、地方創生に関連するイベント。そこで語られていた「地域おこし協力隊」や「地域活性化起業人」に向けたメッセージには、どうにも拭いきれない、胃の奥が重くなるような違和感がありました。

「ありのままの自分でいていい」 「地方の緩やかな時間の中で、自身のウェルビーイングを高めよう」 「未知の環境での活動は、最高の越境学習になる」

会場を包む心地よい肯定感。しかし、人事という立場から「人の価値」と「組織への貢献」を問い続けてきた私には、その光景が「納税者への背信」に見えて仕方がなかったのです。

 

成長を放棄した「ウェルビーイング」は、ただの停滞である

まず、流行語のように使われる「ウェルビーイング」を、一度学術的な視点で解体してみましょう。幸福感を構成する要素には、大きく分けて4つの柱があります。

  1. 成長:
    できないことができるようになる実感。

  2. 自律:
    自分の意思で決定し、コントロール感を持つこと。

  3. つながり:
    誰かに必要とされ、存在意義を認められること。

  4. 自己効力感:
    「自分は価値を生み出せる」という確信。

イベントで語られていた「ありのまま」は、このうちの「自律」を都合よく解釈したものに過ぎません。 しかし、忘れてはならないのは「成長」です。今までできなかったことに挑み、限界を突破する苦しみ。その先にある「昨日とは違う自分」に出会うことこそが、真の幸福の源泉です。「ありのまま」で安住し、成長を放棄した状態をウェルビーイングと呼ぶのは、人事の視点から言えば致命的な誤解です。

 

「越境学習」という名の甘い逃避

「越境学習」についても同様です。 本来の越境とは、自分の成功体験が通用しない異質な価値観に触れ、葛藤し、そこから新たな視座を得るプロセスを指します。

もし、地域に来て「癒やされました」「自然が綺麗です」とSNSに投稿し、気の合う仲間とだけ飲み食いして過ごしているなら、それは学習ではなく「長期休暇」です。 町民とぶつかり、自分のスキルが通用しない現実に絶望し、それでも「この町のために何ができるか」を問い直す。その摩擦があって初めて、学習は成立します。心地よさの中に逃げ込んでいるうちは、1ミリも越境などしていません。

 

「時給100万円」の月報を、町民は許さない

私が最も強く批判したいのは、この「自分探しの旅」のコストを誰が支払っているか、という点です。

地域おこし協力隊や地域活性化起業人には、多額の公金が投じられています。制度や自治体にもよりますが、例えば月額報酬や経費として約16万7,000円。年間でいえば200万円近いお金が動いています。このお金の正体は、その土地で泥にまみれて働き、生活を守っている「町民」の税金です。

イベントの参加者たちは、自分たちのウェルビーイングを語る際、町民の顔を思い浮かべているでしょうか。 「今日は地域の散歩をしました」という内容のない月報を、わずか1分で書き上げる。その1分に対して支払われる対価を考えれば、時給換算で100万円にもなり得ます。

町民にとって、そんな「割のいいアルバイト」は必要ありません。 「自分たちがどう幸せになるか」ばかりを論じ、成果も生まずに税金を浪費して帰っていく。そんな外部人材に対して、町民が不安や不平、そして「この人は何のためにいるのか」という疑念を抱くのは、当然の権利です。

 

報酬の重み=生み出すべき「価値の最低ライン」

仕事における価値とは、常に「問題解決の量」や「創造した価値の量」に比例します。 16万7,000円というお金が毎月支払われているのであれば、その人材には、最低でもそれ以上の経済的・社会的価値を町にもたらす「責務」があります。

  • 成長:
    報酬に見合う自分へとアップデートし続ける。

  • 成果:
    町の課題を具体的に一つでも解決する。

  • 貢献:
    「あなたがいてくれて良かった」と実利で証明する。

これらを経て初めて、ウェルビーイングの柱である「つながり」が得られます。 「ありのままの自分を受け入れてほしい」と願うのではなく、「自分の行動が価値交換に繋がった」という手応えこそが、本当の意味での「存在意義の承認」を生むのです。

 

地方創生に「プロの論理」を取り戻せ

自治体も、そして参加する外部人材も、今一度自覚すべきです。 地方創生は、都市部の人材の「メンタルケア」や「キャリア形成」のためのボランティア活動ではありません。「報酬に見合った行動、価値、成果を生み出すこと」 これはボランティアではなく、プロフェッショナルとしての「義務」です。

町民の姿が見えないイベント、成果を問わない研修、成長を求めないウェルビーイング。そんな「心地よい欺瞞」は、地方を衰退させる毒にしかなりません。本当のウェルビーイングを求めるなら、まず「価値を生み出す苦しみ」に飛び込んでください。 本当の越境学習をしたいなら、自分を甘やかす言葉を捨て、町民の厳しい視線にさらされてください。

「時給100万円」と揶揄されるような仕事を恥じ、自らの価値でその報酬を正当化できる人間だけが、地方を動かす資格を持つのだと、私は信じています。

では、また次回!