こんにちは、複数の会社でパラレルに人事を管掌させていただいているツバクロです。
今回は、人事施策について非常に重要な視点、つまり「足し算」なのか「引き算」なのか、という視点で書きたいと思います。これは、人事の役割の本質にも関わる話であり、組織の複雑化が進む現代において、人事が持つべき「捨てる勇気」について深く掘り下げていきます。
人事の役割と「施策ブーム」の功罪
今までの記事の中でもお話ししてきたように、人事の役割は、ミッション・ビジョンに向かってそこに所属する従業員を「強く」「幸せ」にし、組織を「強く」するという好循環を作ることです。
この好循環を作るために、私たちは組織の課題を解消すべく、様々な策や対策を講じます。
「やれ、評価制度だ」「やれ、報酬だ」「やれ、エンゲージメントだ」など、様々な対策が体系化されて世の中に出てきています。まるでブームのように言葉があふれ、いろんなサービスやコンサルティングが展開されると、「それをやらなければならない」みたいな恐怖心に駆られることがあります。
「他社はやってるから僕らもやらなければならない」「僕らが問題あるのは、それをやってないからだ」といった動機で、どんどんと施策は増えていく傾向にあります。
「ビジネス」としての施策と立ち止まる勇気
例えば、「ダイバーシティ」という言葉が一般名称になったこと自体は、世の中に同じような共通課題があるのだろうな、というメカニズムの一つだと思います。
しかし、名称になった時点で、これはもうサービスであり、ビジネスが始まっていると思った方がいい。商売をするために、エンゲージメントやダイバーシティというような言葉が生まれ、それを商材として扱い、サービスやプロダクトに落とし、コンサルティングが始まる。これに安易に飛びつくかどうか、一度立ち止まってみる価値があるのです。
人事担当者としては、「何かをしなきゃいけない」という使命感から、世の中の流行りの言葉に飛びつき、「プラス」の施策として講じるのは自然な行動かもしれません。ですが、これをやると、どんどんと施策が足し算のように増えていきます。
組織の複雑性の上に、複雑な要素を重ねていないか?
施策が増えること自体は、僕は「正しい」「間違いはない」と思っています。
しかし、そもそも人間は非常に複雑です。能力も違う、価値観も違う。様々な人間が集まる集合体が組織なので、組織はおのずと複雑なんですよね。
そして、その複雑な組織の上に、どんどんと複雑な要素を増やしていく、ということになりかねません。
僕が問いかけたいのは、人間が複雑であるということを認識しながら、その複雑さがゆえに、ミッション・ビジョンや成果に直結するような行動・対策・施策にしなければならない、ということです。
この軌道修正であるとか、筋道を立てるであるとか、目指すところに直結するような道筋を作っていくのが、人事の本質的な役割ではないでしょうか。
複雑な上に複雑な施策を講じて、「複雑さが増す」みたいなことは避けた方がいいと思います。
CHROと生産性:「引き算」の発想を持つ
人事部長やCHRO(最高人事責任者)にもこの視点は重要です。
「CHROを置く(着任させる)と、人事コストが上がり、生産性が下がる」みたいなことがよく言われます。権限のあるCHROが着任して「やってないこと」が増えていくと、コストは嵩むが生産性は上がらない、ということが起こりがちです。
これ自体はね、ある(起こり得る)ことです。大切なのは、えっと、足し算だけではなくて、引き算も考えるということです。
規模の小さい会社では、施策を足し算し、ミッション・成果までの筋道を立てるのは正解でしょう。しかし、規模が増えていき、複雑性が増した中でさらに足し算をするというのはそうではない。無駄になったもの、陳腐化したものというのは、引き算していく。
この発想を、人事部長やCHROは持たなければなりません。そうでなければ、施策が増えても成果は上がらず、現場からは「やることが増えただけで、何やってるんだ」という不満が生じます。
施策を増やせば成果がある、と安易に足し算していくと、これは人事のエゴになってしまい、目的を達せられなくなります。
【学術的視点として】
組織行動学の分野では、組織の効率性や変革を論じる際に、「単純化(Simplicity)」の重要性が指摘されることがあります。例えば、故C.K.プラハラード氏が提唱した「コアコンピタンス」の概念は、企業が本当に強みとする部分に資源を集中し、それ以外の活動は外部化したり、やめたり(つまり「引き算」)することで、競争優位を築くという発想に通じます。人事施策においても、組織の核となる価値観や行動に直結しないものは排除し、管理の複雑性を減らすことが、真の生産性向上につながります。
「捨てる」勇気と期間を区切る重要性
では、どう「引き算」するか。
規模が大きくなると、過去の経緯から様々な対策が蓄積されています。それらが今でも有効か否かを常に検証すべきで、「捨てる」という勇気を持ちましょう。
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やった結果、一定の成果が出たとしても、それ以上横ばいになってしまった、もしくは下降傾向にある。→引き算の対象です。
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新規導入した施策も、成果が出なければすぐ捨てる。
いわゆる「整理整頓」が必要な状態に整える、ということで「捨てる」ということを大切にしてほしいなと思います。
人事施策は、「導入する」「維持する」「見直す(捨てる)」のサイクルで回すべきです。1年間や半年間という期をうまく使うことによって、振り返り学習をし、継続すべきかという判断をどんどんしていくべきです。
多くの人事部門では、このサイクルを回せず、人事が増えると対策を増やしがちです。そうなると、管理のための管理がどんどんと増えていき、管理部門が肥大化し、現場の負荷は増えるが成果は上がらない、という悪循環に陥ります。
安易に足し算しすぎない。期間を区切る。引き算をする覚悟を持つ。これで人事のエゴにならないということをぜひ覚えてください。
見極めた上で飛びつくか否かを判断する
世の中の施策は、どれも「一定の効果はあります」。
ですが、その会社の、そのフェーズに応じて本当に必要なのか、課題に直結するところなのか、という見極めが何よりも重要です。この見極めをした上で飛びつくか否か判断する。
これができれば、人事のエゴにならず、本当に効果を生み出し、成果を生み出すんじゃないかなと思っています。
是非、この「足し算と引き算」の考え方を頭に入れて、よりスムーズに人事を運営していってください。
では、また次回もお楽しみに。